政府は、サラリーマンなどをやめて起業する人に年間650万円の生活費を最長2年間支給する制度を今年度中に始める。
起業した当初に収入がほとんどなくなってしまう不安をなくし、大企業などに勤務する優秀な技術者や研究者の起業を後押しする。特に将来の市場拡大が見込まれるロボットなど製造業関連での起業を期待している。
起業家が、経済産業省所管の独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」の関連会社の契約社員になる形をとり、NEDOが生活費を「給与」として支払う。8月18日まで募集し、15社(1社当たり最大3人)程度を選ぶ予定だ。
NEDOは、試作品づくりや市場調査のための補助金(上限は年間1500万円)も支給する。
サラリーマンが起業するには
支援策整え、転職時の選択肢に
2014年07月29日 西 雄大
起業を促す動きが広がっている。安倍晋三首相が6月に発表した政府の成長戦略にも起業の促進が重点テーマとして盛り込まれた。政府は約5%にとどまっている開業率を10%に引き上げ、2020年までに黒字の中小企業を現状の2倍に当たる140万社に増やすことを目標として掲げている。
開業率を引き上げるために欠かせないのが、会社員から起業家への転身を増やすことだ。会社員が転職を考えた時に、起業することも選択肢の一つになればすそ野は大きく広がる。
だが、現実は会社員が転身しやすい環境が整っていない。起業家になると、立ち上げてから軌道に乗るまで、収入が不安定になりがちだ。「家を借りようとしたら保証人を求められた」「クレジットカードが作れなかった」など会社員時代にはなかった苦労がある。
実際、UFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)などを経て起業した食品卸販売、八面六臂の松田雅也社長は6年前の創業当時、バーゲンの行列を整理する日雇いバイトで食いつないでいた時期もあった。
主力事業である鮮魚を飲食店に卸す事業は現在、累計登録店舗数が1000件になるなど拡大を続けている。松田社長は「苦しい時期があったからこそ、今頑張れている」と話す。
6000万円の起業資金を提供
これまで政府や地方自治体が起業家を支援すると言えば、ベンチャー企業が入居するオフィスを格安で提供するなど、いわゆる「ハコモノ」行政としての側面が強かった。
インターネット上で英会話を学ぶ事業を展開する、レアジョブの加藤智久社長は創業当初、東京都が運営する起業支援施設に事務所を構えていた。加藤社長は「人材を採用しやすくなったり、会社の信用力が上がったりした。格安で貸してくれたことで助かった」と話す。
だが、加藤社長のように創業時に利用できるケースは少ない。ある県の担当者が「起業支援施設の事業であっても黒字化は求められる。家賃が払えるか分からない創業直後の会社は入れづらい」と明かすように、創業したての起業家が利用できる制度は少なかった。
最近になってようやく、会社員が起業することを後押しする制度が出てきた。経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は起業家に対し、2年間で1社当たり最大6000万円の補助金を提供する支援策を始める。
NEDOが開いた1社当たり最大6000万円を支給する補助金の説明会。多くの会社員が駆けつけた
起業家に対して手取りで年収500万円を保証し、1500万円の活動費も提供する。安定した生活基盤と活動費まで提供することで、アイデアを温めていても起業に踏み切れない人を後押しする。
日本政策金融公庫総合研究所によると、起業をためらう要因として最も高かったのは資金不足だった。
開業資金は平均1195万円かかるという(同研究所調べ)。一般的な会社員の年収は524万1000円。2年分に相当する。同研究所によると、開業資金は貯金など自己資金で賄うケースがほとんどだという。次いで配偶者や親兄弟など親戚からの借り入れで、金融機関など外部からは調達しづらい。
開業資金に加えて、事業が軌道に乗るまでの資金も必要となる。家族がいると、生活や教育にもお金がかかるからだ。シャープを退職し、2013年に起業したファンラーニングの廣嶋規社長は「早期退職制度で上乗せされた分の退職金を生活資金として使っているが、あと少しで使い果たしてしまいそう」と話す。NEDOイノベーション推進部の吉岡恒主幹は「手取りで500万円を保証することで、大企業から飛び出せるきっかけになってくれれば」と話す。
社外取締役で信用力アップ
起業は若い人だけに開かれたものではない。社会的な信用を補完するためにベテラン会社員が活躍するチャンスがある。創業したての会社は大企業と取引するにも与信が通らなかったり、信用がなかったりするからだ。
経済同友会の元代表幹事で日本アイ・ビー・エムの北城恪太郎相談役は「大企業で社外取締役を本格的に導入する動きがあるが、ベンチャー企業こそ社外取締役を置くべきだ。ベテラン社員や地元の名士が率先して担うことで社会貢献にもつながる」と指摘する。
ベテラン会社員には人脈や信用がある。彼らが社外取締役に就任することで、ベンチャー企業の信用力を高める。「良い技術を開発しても、ベンチャー企業の経営者は決済権限を持つ大企業の部長などにはなかなか会えない。社外取締役のネットワークでフォローしてあげればよい」(北城相談役)。
大企業もベンチャー企業の後見人になるような取り組みを始めている。KDDIは9月から起業支援策「ムゲンラボ」を拡充。三井物産やセブン&アイ・ホールディングス、コクヨなど13社と組んで、ベンチャー企業を支援する。ムゲンラボは審査に通過した5チームに対して、技術や経営のほか営業強化なども支援している。
KDDIはムゲンラボ内の起業家に大手企業の担当者を紹介したり、営業に同行したりしている。ほかにも、映像制作などの業務をムゲンラボの起業家へ発注することで、事業が軌道に乗るまでの支援をしてきた。
今回、様々な業界の大手企業がムゲンラボに参加することによって、支援策が広がる。例えば、セブン&アイの店舗を使ってテストマーケティングを実施したり、コクヨの生産拠点で試作品を作ったりすることなどを想定している。「良い技術を持つベンチャー企業を大企業が応援し育てていく」(KDDI新規事業統括本部の江幡智広戦略推進部長)。
「出口」が確立されていない
会社員が起業家に転身するには解決すべき課題はまだある。
その一つが一度起業すると、株式公開以外に事業に区切りをつける手段がないことだ。株式公開をできるまでに成長できる企業はほんの一握りしかない。一方で米国では事業売却が9割を占めている。
約2000社の起業支援を手掛けるトーマツベンチャーサポートの斎藤祐馬事業開発部長は「実現可能かどうか分からない技術開発をベンチャー企業が担い、技術が完成した時点で大企業に売却している。米国ではベンチャー企業と大企業の役割が明確に分かれている」と言う。この役割分担によって、事業売却で得た資金を元にまた起業する「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」が活躍している。
成功への確率が低い割に、失敗するとリスクは大きい。銀行から融資を受ける際には、日本では経営者の自宅など個人資産を担保にするケースが多い。残念ながら事業を軌道に乗せられずに失敗すれば、自己破産を選ばざるを得なくなるなど、再び挑戦しづらい現実が待ち受けている。
こうした現状を解決するために中小企業庁と金融庁は2月、事業資金の融資に経営者の個人的な保証を求める際のガイドラインを作った。
事業再生や廃業を決断した時には、担保にした自宅でも住み続けられるようにするなど、事業に失敗しても最低限の生活が送れるように定めている。
実はホンダを世界企業へと成長させた本田宗一郎氏も、会社員を経たシリアルアントレプレナーだった。1936年に東海精機を設立し豊田自動織機に売却。その資金を元に今のホンダを設立したと言われている。
起業家が事業を成長させると、新たな雇用が生まれる可能性も高まる。新たな産業が興ると雇用が生まれ、経済成長の柱となり得る。産業の新陳代謝を促す起業の成功確率を高めるには総数を増やすしかない。そのためにも会社員からの参入が不可欠だ。
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